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終戦記念日に考えたこと

曇り空の福島伊達

お盆も終わりましたね。

今日から学童の再開、

そして通常授業再開です。

さて、頑張らねばと思っているにも関わらず、

ここ数日、

腹痛に襲われてトイレが親友となっています。

休みが、体調の調整に使われてしまうのが

なんとももったいない。

 

さて、15日は終戦記念日でした。

自分のとこのお墓や、塾生のお墓に

手を合わせに行きました。

いろんな報告ができました。

終戦記念日のTwitterでは色々な意見がみられました。

その中に、靖国神社や護国神社に祀られてる御霊に対して

「英霊ではなく、無駄死にさせられた方」と

書いている人を見ました。

確かに歴史的に見れば、

そうかもしれません。

でも、祖父祖母にとっては、

違った意味があったと思うんです。

 

祖父や祖母は

「英霊だ」とか「尊い犠牲」だとか

考えてなかったと思うんです。

ただ、そこには

友達がいて、家族がいて、

その方達に会いに行ってたんだろうな、と。

参拝する他の方も、

お父さんや、ご主人や、恋人や、

兄や、弟や、子どもに

会いに行ってたんじゃないかな、と思うのです。

 

戦争が終わって75年。

戦争を体験することなく、

平和な日々を過ごすことができているのは

とてもありがたいことです。

戦争と関係なく生きているから、

無駄死にという言葉も

選ぶことができるんだと思うのですが、

俺には選べません。

祖父や祖母の大切な人にかける言葉とは

思えないからです。

 

今、ここに居ない方を思う気持ちを

「偲ぶ」といいますが、

祖父も祖母も神社に足を運んでは

故人を偲んでいたんだろうと思います。

 

戦争は良くないですし、

二度と起きてほしくないです。

だけど

無駄死にという言葉が、

祖父の大切な友人たちに

向けられた言葉かと思うと、

悲しく思ってしまいました。

 

宗教観も死生観も、思想も経験したことも

個々人で違うわけですから、

使う言葉、選ぶ言葉も違って当然です。

自分の悲しく感じていることも、

感情論に過ぎないかもしれません。

自分がもっと賢ければ、

違った見方や考え方だってできるかもしれません。

 

戦争を知らない世代であるからこそ、

戦争を知る人の言葉を

知ることや伝えることも

やっぱり必要な気がします。

 

よし、志事すんぞ!

さぁ、いきましょー♪

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